2018年7月20日 (金)

うらやましいでしょう

最近、思うことがある。

ひょっとして自分は、他人からうらやましがられる人間なのではないかと。

決して男前ではないし、金持ちでもない。

出世もしてなければ、抜きん出た能力も持ち合わせてはいない。

スタイルがいいわけでもなければ、髪の毛が豊富に生えているわけでもない。

にもかかわらず、他人からうらやましがられているかもしれないと感じている。

なぜか。

それは、直感で思いついたことをすぐ実行にうつす行動力があるからだ。

思いついたことをすぐに実行にうつすというのは、意外とできそうでできない。

だが私は、他人のやってなさそうな事については、パッと飛びつくタイプ。

と言っても、新しい物好きでもなければ、ミーハーでもない。

他人に比べて、好き勝手に色んな事をやってるわけでもない。
これをやったら人と違って、ちょっと面白いんじゃないかと考えたときにだけ、サッとやってみる。

それを見た他人が、うらやましいと感じるのではないかということである。

何を言いたいのかって?

いやあ、あれですわ。

酒をやめたのを、周りのみんながうらやましがってるだろうって、そう思ってるんですわ。

実際そうでしょ、そこのあなた!

2018年7月19日 (木)

吾輩は炭酸水として

吾輩は炭酸水である。

ご主人様が、酒をやめた後の飲み物として愛飲されている。

ここんとこ、クソ暑くなってきたので、休日などは1日に4~5本飲まれることもある。

さて吾輩は、このブログに何度か登場してきたが、、私の素性についてはほとんどベールに包まれたままである。

今回はそれについて明らかにしていきたいと思う。

まず吾輩は、近所のスーパーで売られており、内容量354mlで、税込単価42円である。

缶入りなので、ペットボトルに比べてリサイクルの優等生でもある。

原材料は、水、二酸化炭素、香料、酸味料となる。

実は吾輩、炭酸水を名乗っているが、正確には「レモン炭酸水」という品名だ。

もちろんレモン果汁など入ってないが、香料がレモンなのである。

プレーンの炭酸水や、ゼロカロリーのコーラ、オレンジ味やグレープ味の炭酸飲料も同じ42円で販売されているが、ご主人様のお気に入りは、「レモン炭酸水」だ。

また、原産国はアメリカで、丸紅株式会社という商社が輸入している。

つまり吾輩は、貨物船で海外から運ばれてきているということになる。

結構かさばるし重いし、単価も安い吾輩を貿易取引して輸出入しても、儲けがあるとは少々驚きだ。

もちろん無糖で、カロリー、たんぱく質、脂質、炭水化物、糖質、食塩、すべてゼロだ。

吾輩は、飲み物の優等生なのである。

2018年7月18日 (水)

ビールの自販機って

最近、ビールの自販機をあまり見かけない。

今の若い人たちは、ビールの自販機と言ったら、旅館などの宿泊施設でしか見たことがないかもしれない。

だが30年くらい前は、割とあちらこちらにビールの自販機があって、私などはそれなりに重宝していた。

ただし、午後11時を過ぎると販売中止になるという決まりがあった。

夜、ビールを飲みたくなって自販機まで買いに行っても、午後11時を過ぎていたら買えなかったのだ。

これは、未成年に買わせないようにするためだったのだろうか。

今考えると、あの自販機の販売中止は、どういう仕組みだったのだろうと思う。

まさか30年前の自販機にタイマーがセットされていて、午後11時になると自動的に販売中止になるようになっていたとは思えない。

そうすると、酒屋の主人が午後11時に自販機に販売中止になるように、わざわざ切り替えに来ていたということになる。

ご苦労なことだ。

午後11時まで布団に入れないということになるではないか。

しかも、翌日は午前5時から販売開始だ。

その時刻にまた、自販機の切り替えをせねばならぬ。

ご苦労なことだ。

酒屋の主人は、遅寝早起きを強いられていたということだろうか。

今ではそんなビールの自販機も、街中で見かけることは滅多にない。

そりゃあそうだ。

24時間営業のコンビニに行けば、どこでも酒が当たり前のように売られているわけだから。

ただ30年前のコンビニでは、酒を取り扱っているコンビニと、そうでないコンビニがあった。

自宅の近くに酒を取り扱っているコンビニがないと、少々不便だった記憶がある。

しかし今思うと、それくらいの不便さがあって、ちょうど良かった気がする。

現在は何か、便利すぎる。

もちろん酒に限ったことではないのだが。

2018年7月17日 (火)

節目は大切に

酒をやめてから4ヶ月。

少々中途半端ではあるが、一応の節目である。

自らが酒を飲まないという決断をし、これを4ヶ月もの長きにわたり、続けてきたことについては、素直に評価したい。

自分の性格からして、他人に強制されて何かをするというのは、どうしても受け入れられない。

故に、自らの決断だったというところが勝因といえる。

もしも誰かに

「酒は少し控えたほうがいいんじゃない?」

などと言われたとしたら、まず間違いなく酒を飲み続けていただろう。

そしてその結果、真のアルコール依存症に近づいていったはずと推測する。

さて、吾妻ひでおという漫画家の「失踪日記2アル中病棟」という作品を読んでみた。

なかなかに興味深い内容が色々とあった。

ネタバレになるので内容の紹介はしないので、詳細を知りたい方は、是非購入していただきたい。

アルコール病棟には、とにかく様々な人がいて、みな個性的で微笑ましい。

しかしながらはっきりしているのは、みなアルコール依存症だということである。

それも筋金入りの。

3ヶ月間の入院中には、ありとあらゆる治療プログラムが施される。

その間にスリップ(再飲酒)してしまったり、全く飲まないで3ヶ月を過ごしたり、人それぞれではある。

ただ、3ヶ月の入院生活の後に退院し、その後の一年間、断酒し続けられるのは、約20%なのだそうだ。

これを多いとみるか、少ないとみるかは意見の分かれるところであろう。

そして自らの意思だけで、4ヶ月も酒をやめ続けられる人は、20%もいるだろうか。

いるはずがない!

2018年7月16日 (月)

遺伝ではないのか

祖父は、たばこが好きだった。

もうずいぶん前に他界したが、記憶に残っている限りでは、かなりのヘビースモーカーだった。

吸ってたたばこの銘柄はハイライト。

私が子どもの頃の記憶なので、少々曖昧ではある。

一方で、祖父が酒を飲んでるのを見た記憶はない。

たばこは吸うが、酒は嗜まないというタイプの人だったようである。

その祖父が、息子つまりは私の父に、こう言ったという。

「俺は酒が飲めなかったが、お前は酒を飲めるようになれ。たばこは、やめとけ。」

どうやら祖父は、たばこはどうしてもやめられなかったようである。

反対に、酒はつきあいで飲むこともあり、飲めた方が良いという考えだったのだろうか。

ただ、体質的に飲めない場合、なかなか克服するのは難しい。

私の父も体質的に飲める方ではなかった。

しかしである。

私は、飲めたのである。

幸か不幸か、飲める体質だったのである。

遺伝的には、飲めない体質を受け継いでいるはずなのだが、人並み以上に飲めてしまうのだった。

酒が飲めるということは、酒を通じてつきあう仲間が確保でき、人間関係を円滑に保つことができて、いいように思う。

祖父もそう思ったのだろう。

しかし、酒が飲めるということは一方で、酒を飲むこと以上に楽しいことが見つけられないことにもなりかねない。

特に独りで飲む酒は、誰にも邪魔されず、酒とだけ会話を楽しめる至福の時をもたらしてくれる。

しかし、適量に収めることができなければ、酒は薬物。

飲める体質なのに、酒をやめているなんて、何て不自然なのだろう。

ああ、飲めない人に生まれたかった。

2018年7月15日 (日)

甘いわな

チョコレートが嫌いな人って、いるのだろうか。

チョコレートは、うまい。

アイスクリームが嫌いって人にもあまりお目にかからないが、チョコレートが嫌いって人もそんなにいない気がする。

もちろん、ゴディバとか高級なチョコレートは美味いに決まってるが、手頃な価格の板チョコだって結構イケる。

こんな事を言うと、味のわからない奴だと思われるかもしれないが、ゴディバと同じくらいに、板チョコも美味い。

むしろ、チョコレートなら何でもいいくらいだ。

しかし、決して甘党なわけではない。

その証拠に、和菓子にはまったく手を出さない。

饅頭や羊羹などには見向きもしないのだ。

それと、果物もほとんど食べない。

つまり、どちらかというと、甘党ではなく辛党だった。

それが不思議なことに、酒をやめてからというもの、急に甘いものを欲するようになったのだ。

これまでの人生の中で、おそらく一度も買ったことのなかった「かりんとう」が、食べたくなった。

自分でも半信半疑だったが、思い切って買って食べたら、これが異様にうまかった。

それから何度も買った。

ほかには、「黒糖くるみ」というのにもハマった。

その名のとおり、くるみを黒糖でコーティングしただけのものだが、これまた異様にうまい。
ついつい、食べ過ぎてしまうほどだ。

この味覚の変化の正体。

どうやら甘いものを摂取すると、アルコール同様に脳内で麻薬に似た物質が、分泌されるらしい。

酒に代わる薬物の摂取だったという恐るべき事実。

甘いものは、甘くなかった。

2018年7月14日 (土)

名言と屁理屈の境目

酒に関する名言とやらを見つけた。

「本に酒は体に悪いと書いてあったので、私は読書をやめた。」

これをどう受けとめればいいのか。

まず本に書いてあることが、必ずしも正しいとは限らない。

であるからして、本に書いてあったからといって、怖じ気づいて酒をやめようなどと考える必要などないのである。

さらに言えば、読書をやめてしまおうという判断も、この際まったく不要なのである。

何せ、本には間違ったことが書いてあることが少なくないのだ。

ただもし、本に書いてあることが正しいとしたらどうだろう。
酒は体に悪いとしたら。

いや、本を読んだ本人がそもそも、酒を飲むことが体に悪いと思っていたとしたら、本に書いてあることが正しいと信じ込んでしまうだろう。

やはり酒は身体に悪いのかと確信し、落胆するに違いない。

まあ、本から目を背けたくなる気持ちもわからないではない。

他には、こんなのもあった。

「酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ。」

ここまでくると、名言というよりも、屁理屈である。

酒を飲んでも、人間が変わらないという前提の理屈だが、酒を飲めば確実に人間は変わる。

そして、その変わった状態が人間の真の姿かというと、決してそんなことはない。

酒を飲んだら、隠れていたダメな部分がさらけ出されるのではなく、まともな人間が酒によりダメになるのだ。

ちなみにこの言葉は、立川談志のものらしい。

彼なら言いそうな、屁理屈である。

2018年7月13日 (金)

とんかつとビール

とんかつが食いたい。

外はカリカリ、中はジューシーで、ちょっと甘めのソースとの相性は抜群。

カラシをつけると一層風味が増して、言うこと無しだ。

ロースかつには、豚の脂身が程よくあり、口の中でトロけてしまう。

だが現在、胃の調子が万全ではない。

あまり、胃にもたれないさっぱりとした食事にしたほうが、食後が楽だ。

決して食欲がないわけではないのだが、食べ始めるとすぐ満腹になってしまう。

だからといって、目の前に出された食べ物を残すのは嫌なので、普通の定食くらいだったら、無理して食べてしまうのだが。

そんな胃の状態なので、いくらとんかつが食いたいと思っても、とんかつ屋に入る決断ができない。

たまに、とんかつ屋に入ると、周囲の客は皆さん食欲旺盛で、おかわり無料のご飯やキャベツを当たり前のようにおかわりしている。

そもそも、とんかつ屋に来るような強者は、腹一杯食おうと思ってる人たちばかりということもあり、とんかつドーン、ライスこんもりで提供される。

私はその「ドーン」と「こんもり」で十分満足できるので、おかわりはしない。

いや、今の胃の状態では「ドーン」と「こんもり」ですら持てあますに違いない。

でも、とんかつが食いたい。

これはひょっとして、酒を飲んでもこれ以上気持ち良くなれないことがわかっているのに、もう既にベロンベロンなのに、もう一本開けても飲みきれないのがわかっているのに、新しい缶ビールを開けてしまう酔っぱらいの行動と似ているのではないか。

胃の調子が悪いのに、とんかつが食いたい!

ベロンベロンなのに、まだまだビールが飲みたい!

アホみたいな話である。

2018年7月12日 (木)

薬を飲んでも酒を飲む

上の血圧が160を超えて、あわてて医者に駆け込んだ時の事。

薬の服用をためらう人もいるが、降圧剤に関しては、躊躇なく飲んだ方が良いと医者に言われた。

血圧を上昇させる要因はいくつかあるが、その要因を除去する努力をするよりも、薬を服用してしまったほうが簡単で確実なのだという。

副作用の心配もいらない。

医者仲間は、降圧剤を飲んでいる人ばかりだとも言っていた。

医者という職業は、常にストレスにさらされる。

ストレスは、血圧上昇の大きな要因だ。

ストレスをなくす、若しくは減らすことは困難なので、薬を飲む。

そして、ストレスを解消するために飲む酒も、血圧を上昇させるので、薬は必須。

飲み会の直前に、降圧剤を服用し、酒をがんがん飲んでいる医者さえいるらしい。

なるほど、やはりそうか。

医者もストレスを解消するために、酒を飲むのか。

わかる気がする。

酒を飲みたいという欲求は、酒の味が忘れられないからではなく、ストレス解消剤として飲みたいという気持ちからなのだ。

「忘れてしまいたいことや、どうしようもないさびしさに、つつまれたときに、男は、酒を飲むのでしょう。」

と、河島英吾も歌っていた。

「酒と泪と男と女」の歌詞である。

ただ、忘れてはならないことがある。

大酒のみだった河島英吾は、肝臓疾患により48歳の若さでお亡くなりになったのである。

2018年7月11日 (水)

短く感じたその理由

酒をやめてからの3ヶ月半。

長かったのか短かったのかを検証する。

はっきりと断定するのは難しいが、どちらかというと、短かったような気がする。

ただ、誤解しないでいただきたい。

一般的に、楽しい時間は短く感じ、辛く苦しい時間は長く感じると言われる。

実際そうだとは思うが、それでは酒を飲まない時間が楽しい時間だったのかと問われれば、決してそんなことはない。

酒を飲まない時間が楽しすぎて、あっという間に時間が経ってしまうなんてことが、あるわけがない。

むしろ、辛く苦しい時間だったはずだが、それなら何故、時間が経つのが短く感じたのか。

おそらくそれは、酒を飲まないことに一生懸命だったからではなかろうか。

何かに集中して、一生懸命に取り組んでいるとき、時間が経つのが早く感じる。

例えば、仕事が忙しく朝から目まぐるしく動き回っていたら、あっという間に正午のチャイムが鳴っていたという経験は、皆さんにもおありだと思う。

これは、決して楽しい時間を過ごしたから、時間が短く感じられたのではなく、集中して一生懸命に取り組んでいたからにほかならない。

これと同様だったのが、この3ヶ月半なのである。

飲みたい気持ちを抑えるヒマもないほど、仕事が忙しくかつブログの更新も大変だった。

もしこれが、時間がありあまってる状態で、酒を飲みたい気持ちを我慢に我慢を重ねて抑えつけていたとしたら、この3ヶ月半は非常に長く感じていたことだろう。

そうであったなら、時間が経つのが長く感じられる、辛く苦しい時間だったわけだ。

もしも、何もする事がないような、ヒマを持てあますような生活をしていたとしたら、と思うとゾッとしてしまう。

でも、忙しいのも結構ツラいっす。

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