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2013年11月 4日 (月)

イソップを考える

「おまえが落としたのは、このおのか。」

「それです、それです。それが私の落としたおのです。」

そのとたん、神様は川の中へ消え、もう二度と姿を現しませんでした。
欲張りの木こりは、金のおのどころか、自分の大切なおのまでなくしてしまいました。

イソップの童話は、このように欲張りを戒める話が多い。
その中でもこの話は、典型的なイソップの童話として広く知られている。

しかし私は、かねてからこの話に、少々疑問を感じていた。
神様の行動にである。
つまりなぜ、木こりに鉄のおのを返さなかったのかという点だ。
結果として、勝手に人の物を持っていってしまってるではないか。
神様には、鉄のおのの持ち主がわかっている。
にもかかわらず、持ち主が目の前にいても、本人に返さず持ち帰ってしまう。

これは道徳的に問題があるし、れっきとした犯罪なのだ。
「ただの欲張り」と「れっきとした犯罪」では、どちらが悪いかは明白である。
いかに神様といえども、このような暴挙が許されるはずがない。

小3の息子に、この疑問をぶつけてみたが、同意が得られなかった。

「神様には、神様の考えがあるんだよ。」

いや、神様だからといって、何でもありというのはおかしい。

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コメント

アルバイトおじさんさん、コメントありがとうございます。
泥棒の神様などという神様がいたなんて、驚きです。ヘルメース神というのですか。イソップ物語に出てくる神様が実在するとは知りませんでした。あっ、いや実在するという言い方は、正確じゃないですね。
いずれにしても博識ぶりに、感服いたしました。そして、ここまで深められる話題だったとは、まったく思いもよりませんでした。

投稿: おちゃむ | 2013年11月 5日 (火) 23時32分

ふーむ。なかなか面白い話題ですね。
このイソップの童話は有名です。
確かに神様の行動に疑問を持つことは分かります。
一般的な解説としては「神は正直な者を助け、不正直な者には罰を与える。」という教訓として考えられているようです。
この神様はヘルメース神という神様ですが、「旅人、泥棒、商業、羊飼いの守護神」とされていたようです。
泥棒の神様です。
犯罪をしても許される神様だったのでは・・・(これは私の勝手な解釈)

投稿: アルバイトおじさん | 2013年11月 5日 (火) 20時56分

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